INTERVIEW #03

真下 光昭先生

勤続期間 1976年~2014年 科目:社会(日本史・世界史・倫理・政治経済)

今回は、1976年~2014年の38年間、城西で私たちを指導してくださった真下先生にお話を伺ってきました。
真下先生が城西を去ったのは、つい2年ほど前のこと、皆さんも記憶にも新しいのではないでしょうか。

 

城西大学附属城西中学高等学校に就職したきっかけ

真下先生が城西に就職されたのは、ズバリ、コネ!!(笑)今では、とても考えられないのですが、昔は今ほど教員になるのが難しくなく、紹介で難なく城西の教員に。
ですが、誰でも簡単になれるものではありません!
真下先生は上智大学では法学部で勉学に励み、卒業後、大学院に行くつもりで3年間アルバイト(塾・家庭教師・壁紙貼り)をしながら英語や様々な勉強をしていたそうなのですが、現実を考え25歳で所謂、城西にコネ入社。
ごめんなさい。紹介ですね。(笑)
%e5%90%8d%e7%a7%b0%e6%9c%aa%e8%a8%ad%e5%ae%9a-2※若かりし頃の先生

在任中の思い出

甲子園での演奏

一番心に残っているのは、城西2回目の甲子園(1974年)城西がベスト8まで勝ち進み大いに盛り上がった甲子園出場!
当時、吹奏楽部の顧問をしていた真下先生、生徒と一緒にトロンボーンを演奏をしてくださっていたそうです。
予選から応援に駆けつけ、「生徒と一緒に応援する先生」と新聞に掲載されたこともあったそうです。
吹奏楽部の生徒達と一体になって応援できたことと、全国には数えられない程の教員がいますが、「甲子園に行き応援できる先生」って考えてみたら素晴らしい経験だったなとおっしゃっておりました。
生徒だけではなく、先生にとってもいい経験をさせてもらえたと思い出深いものになったようです。

又、吹奏楽部だけではなく、クラブの顧問を、「フォークソング部」「社会科研究部」「吹奏楽部」「ハンドボール部」「柔道部」と多くのクラブを担当、時には兼任したこともあたそうです!
ハンドボール部では審判の資格を取るほど、他の先生にも協力を仰ぎながら、兼任のクラブのことも手を抜くことなく一生懸命、指導されていました。

海外の姉妹校との交流

2002年、韓国に姉妹校ができ、続いて中国に姉妹校ができました。
もともとあったアメリカ、オレゴン州のスイートホームに何度か引率されてた先生。
海外の先生と多くの交流をする事で生徒に教えるという仕事に留まらず、生徒たちの未来を広げる道作りに携わっていてくれてました。
2014年、先生が退職される年、先生は自ら台湾に行き、台湾の学校と姉妹校になるきっかけを作ったそうです。
今では修学旅行でその学校に行くなどしているそうで、先生自身最後の仕事であり、学校にも貢献できて良かったと仰っておりました。

生徒の為に・・・

38年間の教員生活、楽しいばかりではありません。苦い思い出となり心残りになっていることも…生徒たちが様々な問題で学校生活を途中で去っていくのを見てきました。しかし、その中でも留年の末、放校になった生徒たちへの思いは特別な様子。『勉強をしなかった』と言ってしまえば終わってしまうことなのですが、入学試験を受け合格、それは、「学力に問題ありません」との学校の回答。そして、迎え入れた生徒たち。それなのに、「勉強をしなかった」との理由で去っていった生徒。その中でも、ある女子生徒の姿が、先生の心に棘のように刺さったまま。彼女がなぜ、辞めなければならないのか、救ってあげられなかった不甲斐なさや、学力に問題はないと迎え入れた学校にも改善する部分があるのではないか、もちろん規則やルールは大切、その中で、勉強の苦手な生徒たちをどう導くか自問自答する日々が続き、他の先生方とも真剣に議論を重ね、こんな悲しいことを、生徒の人生にも大きな影響を与えるようなことを…。一度迎え入れた生徒を育て卒業させることが、私学の使命だとの信念を持ち、先生方は必死に改善していたのです。

現在の真下先生

現在の真下先生、先述した海外との交流がきっかけで日本語学校の仕事をやられております。
退職なされた時、次はの仕事は何をしようかな?と新しい人生を歩む指針を模索。宅建でも取ろうかな…迷いに迷った末、城西で培った経験を活かし一念発起、日本語教育能力検定を受験し、資格を取得。
現在、大原日本語学院で留学生に日本語を指導しているそうです。
そして、それ以外にも毎週土曜日は、城西でコーラス部の練習に参加、美声を響かせております(笑)
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城西生活を振り返って

「なんだかんだ言っても城西は楽しかった」という真下先生世の中の変化と共に学校も移り変わっていかなければならない、その為の大きな役割を担う一つが「同窓会」だと。

再来年に100周年を迎える城西同窓会。
表現がストレートではあるけれど、城西に携わったすべての人々が、城西の発展に、生徒たちの未来に、助言とお金を出す。これが一番だと思う。そう仰った先生はこれからも全面的に協力していきたいといってくださいました。
彼らが成長していく姿というものを、間近で見続け、見守り、そして導く、「真下先生は城西が大好きなんだな」「城西の教師になれて良かった」そう思わせてくれるインタビューができたこと、感謝します。

皆さま是非、同窓会で真下先生、及び諸先生方と再会した時は、思い出話に花を咲かせて下さい♪